……まだ小さかった頃のこと。

私には、“サンタさん”が見えていた。

十二月二十五日の夜、私は必ず目を覚ます。

小さな子供が普通起きているような時間じゃない。それでも、朧げな意識を携えながら、私は決まって瞳を開く。

寝ぼけ眼にぼんやり映るのは、人の姿。赤と白の服に身を包んだ人……

霞がかっていて、はっきりと言うわけじゃない。けど、顔だって何度も見てる。

いつも聞かせてもらったお話に出てくるサンタさんのように、白くて立派なお髭は無かった。

もっと若い、『お兄さん』みたいな感じがする人。

パパじゃない、誰か。

ママじゃない、誰か。

私は何時しか、その人を“お兄ちゃん”と呼んでいた。

毎年毎年、十二月の二十五日に現れるお兄ちゃん。

私は布団の中から、部屋に現れるその人を、眠い目でそっと見ていた。


……何時からだっただろう。

私が、“サンタさん”を見なくなったのは……


MySantaClaus
〜ひとりきりのクリスマス〜



「――あ、ねえ美奈香」

『ん?なに?』

携帯の向こうから返って来る、同級生の友人の声。

「あのさ、明日って何か予定あるの?」

『えっ……』

僅かに声に表れたのは、動揺の色だった。

その色を、私の第六感が逃すわけもなく……

「ほぅ……あるんだ、予定」

『ち、ちがうよ!?』

「……男?」

『そそ、そんなのじゃないよ!!』

これまた見事に墓穴を掘ってくれる。

「そんなのじゃなかったら、一体どんなのかなぁ?」

『ぁう……』

会話の向こう側で、携帯片手に慌てふためいている美奈香の姿が目にはっきりと浮かんできそうだ。

『ねぇ、椿ちゃん………』

「なに?」

『私のことからかって、楽しい?』

「うん、すっごく」

即答。私の答えに迷いは無かった。

『……本当、良い性格してるよね』

友人の声は、半ば呆れた感じに成り下がっていた。しかし、そんな程度で引き下がる私じゃない。

「それはどうも。で、どうなの?」

『だから、どんなこと無いんだってば』

美奈香はあくまで白を切り通すつもりらしい。そっちがその気なら、こっちも少し揺すってみるか……

「………」

『椿ちゃん…?』

まるで含みのあるかのような私の沈黙に、案の定彼女は引っ掛かった。

「…あの音崎さんって人?」

憶測で、何度か彼女の口から出でいた男性の名を挙げてみる。

『な……っ!?』

耳に届いたのは、これでもかって言うくらい露骨な動揺の声だった。

ホント、此処まで思い通りのリアクションを見せてくれると、からかう云々どころか、いっそやっていて清清しくなって来る。

『きょっ、京さんは関係ないよ!!』

ほほぅ、“京さん”とな。………これは随分と深みにはまっているみたいだ。

「ホント?」

『本当だよ!!京さんはお姉ちゃんの幼馴染だし、私にとってだって……その、“お兄ちゃん”みたいなものだし……あぁ、もう!私なに言ってるんだろう!?』

自分の言葉に暴走する友人。彼女には悪いが、こんな場面は端から見れば面白い以外のなんでもないのだ。

『あっ、椿ちゃん、今笑ったでしょ!?』

堪え切れなくて漏らした声が、彼女に届いたんだろう。暴走した矛先がこっちに向けられた。

「ご、ごめん、ごめん。っくくく……」

『ぅぅ……もう知らない!』

プツッ――

「あ、美奈香?もしもし?もしも〜し?」

私の笑いは、どうやら本格的に美奈香の逆鱗に触れてしまったらしかった。

「あ〜あ……」

仕方なく携帯をたたんで充電器に置いた。

たった今怒らせたのに、今詫びを入れたところで十分な効果は期待できないだろう。

「明日、メールするか」

そんな打算的な考えを終わらせ、壁に掛けられた時計に目をやる。時刻は、天辺で長針と短針が重なり合っている、そんな時刻だ。

早寝が習慣の美奈香には悪い子をしてしまった。明日のメールには、そのことについても謝らないと。

「さて、と」

腰掛けていたベッドから机に向かい、鞄から教科書、ノート、参考書、そしてプリント諸々を引っ張り出して広げる。

溜まりに溜まった学校の補修課題だ。しかも週明け月曜までの期限付き。

いくらつまらない日曜日クリスマスとは言っても、勉強に追われて過ごすのはあまりにも悲しすぎる。

思案の末、私はこれを片付けることを選択したわけだ。

「私たち、高校受験は来年だってのに……」

愚痴りながらも、机の上に文房具を撒き散らす。どうあっても、うちの中学は生徒を休ませたくないんだろう。

「――“お兄ちゃん”……か」

不意に、さっきの美奈香の言葉がリフレインしてくる。

「そういえば……」

そういえば……自分にも“お兄ちゃん”と呼べる人がいた気がする。

あれは……

「………」

無駄な考えを頭の中から払拭した。

今はそれよりも、こっちの方が重要だ。

右手にお気に入りのシャーペンを握る。

「……最低のイヴだなぁ、今年は」



「……んんぅ……」

カーテンの隙間から差し込む日差しで目が覚めた。

眠気が覆う眼でみた時計の針は、一時を示していた。もちろん、午前ではなく午後だ。

昨夜……と言うか、今朝、全部の課題を片付けて寝たのが七時だったから、当然と言えば当然か。

ベッドの中と外の温度差に挫けそうになりながらも、どうにか誘惑を振り切って這い出る。

パジャマから着替えて、リビングへと出た私を出迎えてくれたのは、一枚の置手紙と、三人の野口英世だった。

『お父さんは今夜も夜勤です。お母さんもまた帰るのが遅くなりそうなので、これでお昼と夕飯を食べてください。PS:『メリークリスマス、椿』

「またか……」

置かれた手紙に目を落としても、そんな感想しか出てこなかった。

共働きの両親が日中家にいる日は極少ない。

今日のような日曜日だって、休日出勤するのなんかしょっちゅうだ。

お陰で我が家では、家族間でのすれ違いが多発している。

付け加えれば、こんな日クリスマス も一人で過ごすのなんか当たり前だ。
「……そう言えば、昨日もあんまり話さなかったかな」

昨晩、ママが帰って来た時には、ちょうど美奈香と電話していた。昨日一日での会話と言えば、「お帰り」と「お休みなさい」くらいなものだ。今思えば、成る程実に間が悪い。

テーブルのお札を懐に収め、友人に詫びのメールを送ってから軽く身だしなみを整えると、私は家を出た。



煌びやかに輝くイルミネーション。街灯に設けられたスピーカーから溢れ出す、軽快なリズムたち。

立ち寄った最寄りの繁華街は、例に外れること無くクリスマスムード一色に染め上げられていた。

「日本人って、本当に節操無いなぁ」

今の時季ならクリスマス、一月になればお正月、二月になればバレンタイン、夏はお祭り、秋はハロウィン(これは人それぞれだけど)。……宗教も何もあったもんじゃない。

……まぁ、私自身もこうした雰囲気が好きな以上、十分不節操なのかもしれないが。

そんなことを考えながら、飲み物を片手に街を闊歩していた。

行く当ては、特に無い。

買い物をしようと思っても、お昼を食べてしまったし、夜のことを考えれば無駄遣いは出来ない。

安価なゲームセンターにも行こうと思ったけど、考えてみれば私はゲームなんてやったことが無い。

結果、こうしてぶらぶらとさ迷い歩くことに行き着いた。

アーケードに入っても、その人波が衰えることは無かった。

次々と追い抜いて行く人達は、その殆どが男女のカップルか、親子連れのかぞくだ。

「当り前だよね……」

クリスマスの人込みの中に一人でいる人なんてよっぽど珍しい。

そう思うと、今こうして此処に居る自分が――


「ぃやだ〜!あれかって〜!!」



私の思考を断ち切ったのは、男の子の声だった。声のする方を見ると、小さな男の子が玩具屋の前で座り込んでぐずっている。

「はいはい。ちゃんと良い子にしてたら、夜にサンタさんが来てくれるわよ」

母親の人なんだろう。一人の女性が駄々をこねる子供の手を引いて、何とかその場を離れようとしていた。

「やぁ〜!いまがいいの〜!」

「まったく……そんな言うこと聞かない子には、サンタさんは来ないわよ。きっとプレゼントもくれないわよ?」

いつまでもぐずり続ける子供に、母親は遂に伝家の宝刀を持ち出した。

流石の子供も、これには大人しくするしかない。私はそう思っていた。しかし……


「サンタさんなんていないもん!!いつもプレゼントおいてるのはパパだもん!!」



その言葉に衝撃を受けたのは、他でもない私だった。

その男の子はまだ四、五歳くらいなのだろうが、そんな小さな子供がサンタを否定することに驚いたのだ。

「だからね、去年はパパがサンタさんに頼まれたの」


「うそっ!サンタさんなんか、ぜったいいないもん!!」



ついに男の子は、店の前で泣き出してしまった。
子供の突然の号泣におたおたする母親……。私は居た堪れなくなって、集まりつつある野次馬を掻き分け、逃げるような足取りでその場を後にしていた……



「はぁ……」

寝転がったベッドの上で、また溜息が漏れた。

アーケードから帰ってきてから、ずっとこんな感じだ。


『うそっ!サンタさんなんか、ぜったいいないもん!!』



あの時の男の子が叫んだ言葉が、こびりついて離れてくれない。お陰で夕食の店屋物もケーキも、あんまり美味しく頂けなかった。


『うそっ!サンタさんなんか――』



リフレインされる喚き声。

「ぜったいにいない、か……」

懸命に拒む姿は、小さかった頃の自分を連想させた。


『サンタさんはぜったいにいるよ!!』



幼心ながらに必死に信じていた、小さな私。

周りがなんと言おうと、例え親が否定しようと、頑なに信じ続けていた。

底まで固執する理由は簡単だ。

……だって私は、サンタクロースをこの目で見ていたのだから。

十二月の二十五日。パパもママもいない独りのクリスマスの真夜中にいつも現れるサンタさん。

ただ部屋の中で佇むその人を、私はいつも、虚ろな瞳で見ていた。

「そう言えば……」

そう言えば、いつからだっただろう?

毎年のように見ていたサンタクロースを見なくなったのは……

「何考えてるんだろ、私」

そこまで考えて思考を止めた。

今の今まで忘れていたことだ。今頃追求しても仕方が無い。

掛布団をめくって、そのままベッドに潜り込む。

眠るには未だ大分早いが、折角昨日課題を終わらせたんだ。たまには早く寝ても良いだろう。

それに、明日はまた補修で学校に行かないと。

(今年も散々だったな……)

そんなことを思いながら瞼を閉じると、思いの外早く眠りは訪れてくれた。



ぅぅん……――

まるで地鳴りのようなその音に、私は眠りの世界から引きずり出された。

初めは地震かとも思ったけど、どうやら違ったらしい。いや、違ってしまった。

「ぃつつつ…」

聞こえてきたのは、人の声だった。しかもそれは、男の人のそれのようだ。

全身に戦慄が駆け抜ける。

眠気なんて、恐怖が全て駆逐した。

泥棒!?

強盗!?

誘拐犯!?

よりにもよってこんな日に!?

一瞬、嫌な妄想が頭を掠める。

『降誕祭の悲劇!女子中学生の消えた行方!!』

『クリスマスに何故!?凶悪強盗の卑劣な犯行!』

『砕かれた夢!家を訪れたのはサンタではなく……』

などなど……こんなの、いかにもワイドショーと暇な主婦が飛び付きそうなネタだ!

きっと、美奈香とか学校の先生達はインタビューされて、口を揃えて『普段はおとなしい子だったのに……』とか言っちゃうんだ!!(って、これは違うか)

何にせよ、そんなのは御免だ。

ベッドの中で震えていた体に力を入れる。すると、少しだけ震えは収まってくれた。

薄っすらと瞼を開くと、差し込まれた月明かりに男の姿が映っていた。

私に背を向けた格好で……何故だか腰を下ろしてる。

これなら、もしかしたら……

あの人はきっと油断している。

偶然めぐり合った小さな勝機を逃さぬようゆっくりと体制を整えて、私は勢いよくベッドから跳ね起きたっ!



ペタ、ペタ――

廊下を歩く度に鳴る、気色の悪い音。

それが自分の素足と床が奏でていると解っていても、決して良い気分にはなれない。

椿の母、幸は、異様な重音に目を覚ました。

帰ってきたばかりで眠りの浅かった幸には、音がどこから響いてきたのかも判別できた。

娘、椿の部屋からだ。

きっと寝ぼけてベッドから落ちたんだろうとも思ったが、結局心配になって部屋を訪ねることにした。

コンコン――

軽く二度、ドアをノックする。あれでも年頃の女の子である。無断で部屋に入られれば良い顔をしないのは、同じ女である彼女も分かっていた。

ノックに応えは無い。

幸の胸にあった不安が、少しずつ大きくなっていく。

「椿?入るわよ?」

恐る恐るドアノブに手を掛け、扉を開け放つとそこには――

「あ、ママ。……ってて。帰ってたんだ、お帰りなさい」

掛布団ごと見事に床に落ちた娘の姿があった。

「どうしたの……って、見ての通りね」

「うん、寝惚けてね。ごめんね、起こしちゃって。明日も早いんでしょ?」

「いいのよ。それより、気をつけなさい?」

「は〜い。お休みなさい」

「お休み」

パタン――

言い残して扉を閉める。

やはり自分の杞憂だったのだと、彼女は自分を諭した。

帰り際、廊下に置いてあった時計が目に入る。時刻は一時半を回っていた。

いけない。あの子の言う通り、今朝も早くから仕事なのだ。貴重な睡眠時間を無駄には出来ない。

半ば急ぎ足で、彼女は自室へと戻って行った。



「行った……よね。もういいよ、出てきても」

ママが部屋から離れたのを確認して、私は立ち上がり掛布団を剥いだ。

布団の下から姿を見せたのは、床に座り込んだ赤い服と帽子に身を包んだ、若い男の人だった。その声から、さっきの声はこの人のものだとも分かった。

そして、あの時の痛そうな声の原因は、彼のお尻の下辺りに撒き散らされている机の椅子の残骸達が物語っている。

「で、あなたは誰なの?」

内心はやる気持ちで一杯なのを抑えて、問い詰めてみる。

「おいおい、誰かも分からないのに匿ったりしたのか?」

「ううん、ただの確認」

「………」

その人はしばらく黙り込んで、

「泥棒」

などとのたまうので、

「うそ」

即行で看破してやった。

「強盗」

「うそ」

「誘拐犯」

「うそ」

「だったら何がいいんだ?変質者か?強姦魔か?」

何がいいとかそれ以前に、そんな分かりやすい格好をした人に、そんなことをやって欲しくはない。

「ううんと……」

少し焦らすように考えてふりをする。まさか美奈香との掛け合いが、こんなところで役に立つとは思わなかった。

「おい……」

大分焦らされて、男の人が催促の言葉を放つ。そろそろいいかな?

「じゃぁ、サンタさん」

「………」

そう言うと、男の人は少し黙って、

「見えるんだよな、俺のこと」

「うん」

「……そうだよ、俺がサンタクロースだ」

まるで観念でもしたかのようにやっと認めた。

そして……

「やっと……また逢えたね」

そう呟いたのは、私の方だった。

咽が、熱い。痛い。

呟きを漏らした声は、恥ずかしいくらいに震えていた。

心の奥から、変な気持ちがせり上がって来る。

「あぁ……」

「――っ!」

気が付いた時には、抱き付いていた。

今まで忘れていたくせに、都合が良いなんて分かってる。

それでも、嬉しかった。思い出してしまったからこそ、また逢えたのが嬉しかった。

広い家の中で、たった独りで過ごしていたクリスマス。

そんな日の夜、いつも私の部屋に来る人がいた。

赤い服を着て、プレゼントをくれるわけでもなく、ただ薄っすらとした意識の私と、夜を共に過ごしてくれた人。

私を、独りきりの聖夜から解き放ってくれた人。

私はいつしかその人を――

「ね、ぇ……」

「ん?」

抱き付いたまま、声を上げる。まだ震えている声が恥ずかしい。

「その……」

「………」

意を決して、言葉を紡いだ。

「お兄ちゃん、って呼んでいい……?」

言った途端、恥ずかしさが頂点に達した。火でも吹き出しそうな顔を彼の胸にうずめる。

「……久しぶりに来たら、随分と可愛い妹ができちまったな」

ぽんっ、と頭の上に置かれた手の平は、思いの外、大きく感じた。



それから彼……お兄ちゃんは、私に色々と話しをしてくれた。

自分の事。自分は信仰の念の塊なんだとか、ここと隣り合わせの世界にいて本当は普通の人に見えるはずが無いこととか、それが見える私には特別な力があるとか、とにかく色々。

お兄ちゃんの言ってることはよく分からなかった。でも、そんな不思議な話がどうしようもないくらい楽しかった。

そして、私の前に現れなくなったのは、私が六歳の頃からだということも教えてくれた。

六歳の頃といえば、頑なにサンタを信じ続けていた私に、パパたちが『サンタなんていない。椿へのプレゼントはパパ達が買ってた』と告白された年だ。

そう言えば、その頃だったと思う。私がサンタを信じなくなったのは……

八年間の空白……長い、長い時間を埋めるために、今度は私が話す番だった。

学校のこと。からかいがいのある友達のこと。今の生活のこと。どうでもいいような下らないこと。そして、パパとママのこと……

毎年毎年、独りで過ごすクリスマスが辛かったこと。お兄ちゃんを忘れていたことも謝った。

とにかく、沢山喋った。多くの言葉、多くの時間をかけて。

そして、その時間は深藍色の空を白く染め変えるには、十分な時間だった……



「さて……それじゃあ、そろそろ行くな」

一緒に腰を掛けていた。ベッドから立ち上がって、お兄ちゃんは実に気楽そうに告げた。

「もう……行っちゃうの?」

嫌だ。もっと話がしたい。せっかく思い出せたのに、まだ話したいことだってあるのに。

「もうこんな時間だしな。サンタクロースもうちに帰らねぇとな」
「………」

理屈なら分かってる。それでも、私は嫌だった。

こんなわがままになった自分は、随分と久しぶりな気がする。

「さっき、『俺は信仰の念の塊だ』って言ったの、覚えてるか?」

私は黙ったまま、首を縦に振った。

「つまり、俺がこっちに体を作るには、誰かが『サンタクロースはいる』って信じてないといけないわけだ」

優しい声で私を諭すお兄ちゃん。

その体は朝日に溶けていくかのようの、どんどんと希薄になっていく。

「一年間……ちっと長いけど、覚えててくれるか?」

きっと、最後の質問。

俯き気味だった顔を上げて、私は微笑みながら答えた。

「当り前じゃん、お兄ちゃん!」

それを聞いて、お兄ちゃんは笑みを浮かべた。

もう殆ど残ってない、赤い帽子と赤い服を着た人は最後に告げる。

「補習、居眠りなんかするんじゃねぇぞ!」

声の響きが消えたのは、陽光が部屋に満ちるのと同時だった……



補習ともあって、教室に姿を見せる生徒の数は結構疎ら。その中に、成績優秀なはずの美奈香を見つけた時には、えらく驚いたものだ。

で、そんな人物が自分の前にいるんだから……

「それで、“お兄ちゃんみたいな人”とは、何かあったのかな?藤宮クン」

「もぅ、何にもないってば!!」

ごめん、美奈香。こうしてちゃかさずにいられないのは、君が全身から滲み出させてる小動物染みたオーラのせいなの。

きっと私の前世は、何か肉食系の動物だと思う。だから私は、この本能に耐えられるわけがないの。

「それより、椿ちゃんはどうなの!?」

む、そう言うパスを返してくるか。

私は少しだけ考えて、

「あったよ。とりあえず、来年からクリスマスは寂しく過ごすことは無くなったかな」

「ぇ…、え!? それって……えぇっ!?」

勝手にパニくる友人をしばらく観察してから、ふと窓の外に視線を移した。

青い空。建物の群。行き交う人々。いつもの光景。

この世界の隣に、あの人はいる……

「……覚えてるから、早く帰ってきなよ。お兄ちゃん」

私の、たった一人のお兄ちゃんサンタクロースが。

Fin